Coco's Life~オンライン英会話と教育と~

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選択子なしだっつってんのに子供のよさを説いてくる輩はマウント取りたいだけなのかね

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さて今回のブログは私の感情むき出しになります。論理的な整合性も考えないまま自分が書きたいことをただ書いて、自分の気持ちをスッキリさせるためのものですのでお許しくださいませ。

マウント取りたい方はよそでやってください。そのへんに穴掘ってその穴に向かって言いたいこと言っていただければ。穴がいやなら月にでも向かって吠えといてください。犬とか狼みたいに。

 

もう離婚してますのでこの言い方が正確…とは言えませんが、うちは選択子なし、いわゆるDINKsという方針でやってました。結婚はするが子どもは作らない、という方針です。

選択子なしという決断に至る理由は人それぞれですが、元夫と私の場合は以下のような理由からでした。

元夫はそもそも子供が嫌いな人です。あの無差別極まりなくギャーギャー騒いだり泣いたりするのが耐えられないんだとか(なのにパチンコ屋の大音量は平気なので私からすると理解に苦しむのですが)。元夫の実家は厳しく、どうやら騒ぐと父親にグーで殴られるような家庭だったようなので、それが影響しているのかもしれっません。自分が騒げなかったのに今の子供は騒いでいるとか、なんだかそんな理由の気がします。他人のことなので、私はよくわかりませんが。

私自身はというと、いわゆる「機能不全家庭」で育ちました。おそらく母は境界例か愛着障害か自己愛性か、なにかそのへんなのではないかと思ってます。その母に20年もの間、家族全員が振り回され続けました。身体的なものこそ少なかったものの、精神的な虐待およびネグレクトは日常茶飯事でした。

最終的には父も私も妹も精神を病み、父は母と離婚して出て行き、そのあと私も黙って家を出ました。妹は母のお気に入りだったので大学卒業まで母といましたが、それでも大学に入ると家にほぼ帰らなくなりました。父も私も妹も精神を病み、精神科に通い、向精神薬を飲んでいました。今はまあそれなりにうまいことやっていますし、父とも妹とも連絡を取っています。が、それでも母とだけはどうしても折り合いが悪く、会うと感情を制御できなくなって包丁持ち出して○してしまいそうになるので母とは一切連絡を絶っています。妹は母から先日勘当されました。とてもつまらないことで。

母は「外面」だけは異常なほど気にするタイプでしたので、見た目では私たち家族の異常さには誰も気づきませんでした。ただ「ちょっとしつけが厳しい家庭」という程度。でも家の中は破綻していました。家族関係も。

毎日茶碗が皿が空を飛び、割れ、母の金切り声に近い怒声と父のそれをいさめる声が聞こえる中、子どものころの私はただ布団を頭からかぶって聞こえないふりをし、小さく小さく丸まったり、ときには押入れの中に入ったりして、自らの存在を消し、母に訪れたひどい嵐が去るのを耐えて待つことしかできませんでした。もちろん、過去にはそんな母を止めようと努力したこともありますが、それは単なる徒労に終わるどころか、金切り声の矛先が私に向かい、人格を、存在そのものを否定され、自分の持ち物は破られ、破壊され、燃やされました。毎日ね。だから私は、夕食を終えるとさっさと母から離れ、押入れの中の布団にもぐりこみ、自分で自分の存在を消して母の怒りが去るのを待つしかありませんでした。

そんな家庭で育ったものですから、私には幸せな家庭が、とりわけ「子どもにとって幸せな家庭」がどんなものか、まったく想像ができません。どうすれば子どもがのびのびと育つのか、見当もつきません。

もちろん、教育を少々かじっているのである程度はわかりますが、それでも私が「自分の子供に対して、私の母が私にしたような態度を取らない」という保証はどこにもないのです。また、成長して年を取るたびに、周囲の私や母をよく知る人から「あなたはお母さんに似てきたね」と言われるようになりました。私には「母に似てきた」という言葉は恐怖でしかありませんでした。だって、私を産んだのに、私の存在を否定し、「お前なんかいなくなればいい」「はやく出ていけ」「二度とその顔なんて見たくない」なんてことを平気で言うような人ですから。

ま、そんなこともあって「選択子なし」になりました。子どもを持ちたいと思ったことは、短いこれまでの40年の中では、ただの一度もありません。私は母に何度も何度も何度も、自分の存在さえ否定されてきましたから。

 

そんな経緯を知ってか知らずか(あまり言ってないから知らないはずなんだけど)私の近しい友人知人は、私が「選択子なし」であることについてとやかく行ってきません。まあ、「子供は可愛いよ~」くらいのことは言われますが、それはそれでこちらも流していますし、子供が可愛いのは知ってます。小学校教員でしたし、教える仕事でたくさんの素敵な子どもたちと出会っていますから。

そんな友人知人たちは、私の「選択子なし」という判断を「理解はできないが、尊重はする」というスタンスでいてくれています。いい意味で放置プレーです。自分は自分、他人は他人。自分の状況がそっくりそのまま他人に当てはまるわけではないので、「ま、今はそういう人も多いよね」と流してくれています。気が楽です。

 

ところが、そんなに親しくない人とやりとりをする場合はこうはいきません。心をナイフでズタズタにえぐられます。これは日本人に限らず、外国人と話していてもやられるので、おそらく世界共通なんでしょう。そしてナイフで心をえぐってくる人たちは、自分たちが鋭利な刃物で私の心をえぐっていることに全く気づきません。

最近Hello Talkというアプリで海外の人とやりとりしてるんですよね。出会い厨が多くて閉口しますが、中にはちゃんとした人もいますし、話してるとけっこう面白い人もいるので。

その中でやりとりしていた人のひとりに、しつこく「なぜ子供がいないのか」と聞かれたんですよ。

 男性「子供は何人?」

私 「子供?いないよ」

男性「なんで?」

この段階でけっこうカチンと来るんです。だってたいして親しくもない人になんで子供がいない理由を説明しなきゃいけないのか。ほっとけよと思います。

私 「欲しくないから」

男性「なんでほしくないの?」

このあとは「子供を持つべきだ」とか「家庭には子供がいるべきだ」とか、正論というナイフを振りかざして私の心をグリグリとえぐりにきたわけです。

お前は言語交換のアプリでなにマウント取っとるんやとさすがに怒ったのですが。

 

これね、私が女性だからかもしれませんが、男性に対して子供の尊さを説いてきたり、「子供を持つべきだ」と正論を振りかざしている人ってあまり見かけないんですよね。男性には言わないのに、女性には言うんですよ。つまり、こういう人たちは、女性のことを無意識で「産む機械」だとでも考えてるんじゃないかなと思うんですよね。あるいは「女性だから」「弱者だから」マウントを取りたい心理なのか。まあよくわかりませんが。

別にいいんですよ。女性にとっては子供を産み、育てるのが一番価値のあることだ、という考え方を否定する気はありません。そういう価値を持っている人が一般的だと思いますし。人間も「生物」である以上は、子孫を残して繁栄していくのが当たり前のことなんですから。

 

ただ、私は、自分が自分の母のような振る舞いをしない保証がいっさいできないこと、「幸せな家庭」がどんなものかまったく想像できないこと、金銭面の問題(子供1人育てるのに3000万かかるとかほんとにムリですわ、私低収入ですし)、健康面の問題(子宮がんのリスクを抱えています)、自分がやりたいこと、その他もろもろを考えた結果、仮に子供を産んで「やっぱ無理です子供育てられませんでした、ヘヘヘへ」なんて無責任なことになるくらいなら、産まないほうがいいと思って選択したわけです。

 

なぜ「自分が生きたいように生きる」ことを目指すことを妨げる輩がいるのかわかりません。私は自分の意志で、自分の望む未来を決めただけのことなのに。

あっ、もしかしてそんなに私の人生が羨ましいんでしょうか。だったらそう言ってくれればいいのに。へへへ。

 

 

 「選択子なし」の生き方についてはこちらの記事も参考になります。

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この方の「性」についての感覚は私のそれと近いです。もしかしたら私も完全なヘテロセクシャルではなく、どちらかというとXジェンダーに近いのかもしれません。

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