Coco's Life

Cocoの好きなこと(レアジョブなどのオンライン英会話・旅行)の情報や仕事に関すること(家庭教師、塾、勉強法、看護学校受験)などを元教員の視点で語っています。

【レアジョブ】私の改善点を指摘する講師と泣きながら話し合った結果【オンライン英会話】

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Cocoです。

けっこう偉そうなことを言ったりもしますが、私自身はとってもちっぽけで弱っちいです。特に、自分で自覚している自分に足りないところを指摘されるとたいてい泣きます。

ついこの前も、信頼している講師2人から、同じ時期に、同じことを指摘されてへこんで泣いてました。

 

講師と仲良くなり信頼関係が築けてくると、講師はかなりきついこと、自分にとって耳が痛くなるようなことを言ってくることがあります。それはもちろん、講師の意地悪などではなくて、生徒をよりブラッシュアップさせたいから、という目的で行われるのですが、言われる方はたまったものではないです。私は豆腐メンタルの持ち主なので、指摘されるとめちゃくちゃへこみますし、その日はずっとぐすぐす泣いています。

 

気に入って予約をとっているP先生(仮名)と話をしていたときのこと。別の先生から、「どうしてあなたは適切な語彙も文法も十分備えているのに、そんなに自信なさそうに話すんだ」と言われたんだよね、と私が話したんです。そうしたらP先生、「それ私もまさに考えていたのよ!実際、講師たちだけが見ることができるあなたのメモに、私はこう記してるのよ」と言って、P先生は私にメモの一部を公開してくれたんです。そこには、

「Her ideas are already coherent and logical but she needs more confidence in the way she delivers them.(彼女の考えは筋が通っており論理的だが、考えを伝える上でもっと自信が必要だ)」

と書かれていました。その上で、

  • あなたは消極的すぎる
  • 間違いを怖がるべきじゃない
  • 言いかけたことを引っ込めるクセを今すぐやめなさい
  • 態度を改善しない限り、今後は伸びない
  • 注意深いのはいいことだけど、度を越している

みたいなことをガンガン言ってくるわけです。

実際、私は「正確性」をもって話そうとする傾向が強く、自分が使うのに納得できる語彙が使えるまで粘ることもありますし、納得行く語彙や表現が見つからなければ言いたいことを引っ込めてしまう面があります。いわゆる”出川イングリッシュ”とは真逆の話し方をします。

そこが講師には「自信がない」とうつるようです。言葉は伝えるためにあるのだから、間違って話したとしても言いたいことを拾えるから、だからどんどん話すべき、話すときに文法考えながら話すネイティブがどこにいるの?ましてや私たちは「第二言語」として英語を学んできてるんだから、正確に話せないのは当然だし、話しているときにわざわざ文法が変だとツッコミを入れてくる人はいないはず、と。とにかく私にはcommunication/ conversation skillsが圧倒的に足りてないから、ちゃんと会話できるようになりなさいよと。

当然、人とコミュニケーションを取る場合において、文法よりも発音よりも言いたいことを伝えられることが重要である、ということは私も理解しています。でも、理解していることと実際にできることとは違います。間違いを怖がるなと言われても怖いものは怖いのです。どうしたら間違いを怖がらなくなるのか、どうしたら文法を気にせず話せるようになるのかなんてことは、誰も教えてはくれません。

ケチョンケチョンに言われてこの日のレッスンは終了しました。当然私はレッスン終わってからずーっと気持ちを引きずって泣いていました。

 

 

レッスンを終えた後、しくしく泣きながら、自分の問題点を自分で洗い出すというけっこう辛い作業をやっていました。なぜ自信がなさそうに話すように見えるのか、なぜ言いたいことがあっても言えなければ諦めてしまうのか、なぜそこまで正確性に執着するのか、なぜ極端に間違うことを恐れるのか。考えた結果、以下の点にいきつきました。

私の発音は誰が聞いても明らかなジャパニッシュです。私の話す英語は、かなり癖の強い日本語英語だという自覚があります。一方で、語彙や文法はある程度使いこなすことができます。冠詞はいまだによくわかっていませんが、基本的な構文は間違えることなくきちんと使うことができますし、言いたいことを適切な語彙を使って表現することもできます。訛りの強い英語を話す自覚があるからこそ、自分の言いたいことをより正確に、よりきちんと相手に伝えるためには適切な語彙と文法を使う必要があると私は考えています。そうすることによって、仮に訛りや発音の悪さによって相手が聞き取れなくても、全体的な文脈から、私の言いたいことを相手は判断できるはずですから。このような考えから、私は「適切な語彙と文法で話すこと」に強くこだわる傾向があります。

実際、レアジョブで英会話レッスンを受けているとき、会話においても英作文の添削を依頼した場合においても、文法上のミスを指摘されることはほとんどありません。たまにやらかすのが三単現のs抜けとか、過去形で話すところをうっかり現在形を使ったとか、冠詞が抜けているとか余計なところにつけているとか、その程度です。とんちんかんなことを話して”What do you mean?”と講師から言われることはほぼありません。言ってしまえば、「適切な文法を使って書いたり話したりできること」が私の強みであり、言い換えればそれが私にとっての英語学習におけるアイデンティティになっていたんです。

ただ、適切な文法や語彙を使って言いたいことを表現できる反面で、言いたいことがあっても適切な表現方法がわからなかったり、たとえば些細なこと --どんな前置詞を使えば相手に伝わるのかなど -- に悩んだとき、言いたいことを言わずに諦めてしまうことがあります。また、適切な語彙が見つかるまで長く考えて話すため、私自身も、そして講師も、私が言いたいのが何だったのかわからなくなる、といったような状況が頻繁に起こっていました。

さらに、間違いを極端に恐れたり、言いたいことを途中で諦めてしまうのは、私自身の生育歴が原因となっているのではないかと考えました。私の両親、特に母親は非常に厳しく、例えば学校のテストで99点だと「なぜ満点を取れないの!」と叱る親でした。それが学年でただひとりの99点で、学年トップの点数だったとしても、です。私の親は「常に完璧であること」を私に強く要求していました。だからこそ私は、人に評価される段になると、間違うことを極端に恐れます。また、叱られることを避けるために、間違うくらいなら自分が主張しないほうがいい、完璧にできないと自分が判断したものについては、努力する前に諦めるほうがましだ、という考え方が染み付いています。

ここまで考えて、私は自分がいわゆる「完璧主義」であることに気が付きました。自分が比較的得意だと思っている文法や語彙は、使い方を間違えるのを避けたいときわめて強く考えます。また、普段から「他人にできることが自分にできないはずがない」と考えていることから、今回のように「自分はできない」という事実を突きつけられたとき、事実をそのまま受け入れることができず、自分自身に絶望して、自分を責め、余計に苦しくなってしまうのです。ようはプライドが高いんですよね。そしてそのプライドは、自分が傷ついてつらい思いをすることを避けるためにあるんです。

ちょっと悩みましたが、レッスン時間外にP先生に以下のようなメッセージを送りました。

「私の話す英語は訛りがあると思っているので、いつも私の言うことが本当に伝わっているのか不安になる。幸い私はある程度文法と語彙を使えるので、できるだけそれらを注意して使うことで、「伝わらない」ことを防ぐ努力をしてきた。でも、もしその「注意深さ」が私の向上を妨げる要因になっているのだとしたら、私はもう何をすればいいのかわからない」

その上で、泣きながらP講師の翌日の予約を2コマ連続で予約しました。ここで逃げたら、せっかく築いてきたP先生との関係が終わってしまうと思ったので、食らいつく姿勢を見せてみました。

 

メッセージを投げたのは、どうせ翌日に話す予定だから、そのときに返事を聞くことができたら、と考えてでした。でもその日の深夜、現地時間で夜中の2時、日本の時間で夜中の3時に、P先生から返信が届きました。

「現時点で重要なことは、まずリラックスすること、頭の中を研ぎ澄ませておくこと、それから考えすぎないこと。英語をマスターするのは非常に長い道のりだし、ほんの少しの自信を持てるようになるだけでもかなり時間がかかる。でも絶対に達成できる。自分自身が自分のことを信じなさい。だって私はあなたのことを信じているから」

 

 

翌日はレッスンチケットも使用して、P先生の枠を2コマ連続で押さえていました。50分連続できちんと話せば、どうにか前向きに考えることができるようになるのではないか。そう考えて2コマ連続で予約を取りました。

P先生はとても心配していました。前の日にかなりきついことを言ったので、私が苦しい思いをしているのではないかということ。そして、自分の予約をもう取ってくれなくなるのでは、と不安に思っていたこと。でも、自分の予約を2コマ連続で取ってくれて、嬉しく感じていること。 

その上で、私が抱えている問題について、どうすれば改善していけるのかを一緒に考えてくれました。まず、私の話す英語は日本人の中では比較的ナチュラルな発音・訛りで十分理解できるレベルだから過剰に心配する必要はないこと。話すときに大切なのは、自分が何を伝えたいのかという部分であること。どうしても文を組み立てられなければ、言いたいことの軸となる単語を3つ4つ言うだけで十分だということ。なぜなら、講師は文法や表現の訂正はできるけれど、あなたがもっている意見や考えは他の誰の考えとも違うから、あなた以外に引き出せる人は誰もいないから、と。

たくさん話した中で出てきたのが、言いかけたことを引っ込める、言うのを諦めるクセを減らしていくために、間違ってもどんどん話していく、という作業でした。例えば、森林破壊に関するニュース記事の意見を求められたとき、私は以下のように話しました。

I think it's not good to disappear such a large amount of tropical forest because if the tropical forest disappeared, all of the animals including humans cannot live.

赤い文字のところは自分でも話しながら明らかにおかしい、と気づいた部分です。最初の”to disappear such a large amount of tropical forest”と言ったところで、disappearは自動詞だから後ろに目的語は取らない、だからdisappearは不適切、またamountは量を表すものだから、面積を示したいときには使えない、ということはわかっているので、どうしても正しく言い直しをしたい衝動にかられます。だからそこで詰まってしまい、講師は私の言いたいことが汲み取れなくなります。私が言い直しをするために他の言葉を考えていたら、P先生は「いいから続けて」と間違いを気にせず、私の中にある考えがすっかり出るまで続きを促していきます。

私にとって、この作業はきわめて苦しいものでした。なぜなら、「適切な文法を使って書いたり話したりできること」が私のアイデンティティで、それは私が学生時代から何年もかけて築き上げてきた「財産」ともいえるものだからです。そんな貴重な財産であり「自己像」でもあるものを、この場で、自らの手で壊さなければならないのがこの作業でした。自分から文法と語彙を取っ払ってしまうと、私に残るものはなにもない。その恐怖はとても大きく、苦しくて辛くて、泣き虫な私はやっぱりしくしく泣きながら、P先生主導のもとで「明らかにおかしい文章」を口から出していく作業をしていきました。

P先生は私が言ったことをすべてSkypeのチャットボックスに入力していきます。私が言い終えたら、言った文章を送ってくれ、今度は私とP先生とが一緒に文を正しい表現に直していきます。入力された文を見ると、どこに間違いがあるかとか、どこが不自然な表現になっているかとかは、長年培ってきた感覚でわかります。ここで初めて私は、「”to disappear”でdisappearは自動詞だからloseにすべきだった」「"amount"が不適切なのはわかるけれど、どう言い換えれば適切な表現になるのかがわからない」などと言いながら、P先生と一緒によりよい表現に修正していきました。

 

 

レッスンの終わり、P先生はひとこと「今日やっと一歩を踏み出せたんじゃない?」と笑っていました。明らかに間違っている、自分の中で納得できないことを話すのは私にとっては本当に辛いことだということに変わりはありません。そして、間違いを恐れること、自信がないことはすぐに改善できるようなものでもなく、おそらく改善されるまでにかなり長い期間を要すると思います。ただ、逃げずに2日連続でP先生のレッスンを受けたことで、レッスン中に私が何をすべきかが見えてきましたし、気持ちはかなり軽くなりました。

レッスン終了後にはP先生からこんなコメントが送られてきました。

「Comparing ourselves to others can sometimes be detrimental to our own growth and success. The best we can make out of the situation is to be inspired by others' greatness and try to emulate them. 」

(自分と他者とを比較することは、自分の成長に悪影響を及ぼす可能性があります。今の状況から抜け出せる最善の策は、他者のすばらしさに触発され、それを真似ることです)