Cocoです。
小学校教員資格認定試験にしろ、看護学校受験にしろ、高校受験や大学受験にしろ、「試験」とか「入試」とか、そういったものになると必ず質問されるのがこれ。
今からでも間に合いますか?
この質問、私はうんざりしています。
毎年毎年、聞かれるんですよ。
しかも、1人だけではなく、複数から。
正直に言えば、この質問は相手に聞くだけ無駄ですよ。
愚問中の愚問。
「間に合いますか?」って人に聞くことですか?
私は基本的に意地悪なので、たいていは「間に合いません」「ムリです」って答えます。
機嫌がいいときは「頑張ればなんとかなるかもね~」と返すこともあります。
誰に尋ねられても、同じ答え方しかしません。
もちろん、これを聞きたい気持ちはわかるんです。
試験が迫っていて、不安を感じるんですよね。
不安で不安でどうしようもなくなって、つい安心感を得ようと、人に聞きたくなるんですよね。
その心理はわかりますよ。
でも。
逆に、「間に合いますか?」とつい質問してしまう人に聞きたいのです。
その相談に対して、あなたのことを何も知らない私が「間に合います!」とか「間に合いません!」なんていう回答をしたとして、あなたはそのまま素直に従えるのでしょうか?
私、だいたい「ムリです」って言いますよ。
そのとき「無理なら諦めよう」って思うんですか?
それって、「ほんとにその試験に受かりたい気持ちがある」 と言えるんですか?
あまりにも子供すぎませんか?
あまりにも受け身すぎませんか?
もちろん、「(自分の実力が)今から本番までに間に合うのか?」という視点は、試験を受けるときには必要です。
それを考えたり、検討したりすることは否定しません。
ちょっと理解に苦しむのは、 「自分が間に合うかどうか」を“他人に聞く”という行為に関してです。
この「他人に聞く」こと、もっと言えば、間に合うかどうかの判断を“他人にゆだねる”という考え方が、私にはどうにも理解できないんです。
自分が学生だった頃を思い返しても、そんな質問を誰かにするというのはありえませんでしたし。
他人に依存し過ぎなんですよ。
あなたの今の実力や、勉強の進み具合や、志望校のレベル。
こういうことを一番理解しているのって誰ですか?
親ですか?学校の先生ですか?見ず知らずの他人ですか?
違うでしょう。
あなた自身ではないですか。
「間に合うかどうか」なんて、あなた以上にわかる人なんているわけがないんですよ。
そんなの、あなたの今後の努力次第でしょ?
もっと言うならば、このままで間に合うかどうかという問題について、自分の頭で考えて判断できないなら、試験・入試を受けるのはやめたほうがいいですよ。
自分の脳みそを使って考える力がないんだから。
「間に合うかどうか」の判断を、他人にゆだねたい、という気持ちがあなたのなかにほんのちょっとでもあるなら、いますぐそれはやめるべきです。
受験に対して主体性がなさすぎるんです。
他人に依存しすぎてるんです。
だから受験は向いていません。
「今から自分は間に合いますか?」などという質問をしている時点でアウト。
なぜ自分の人生を他人の判断にゆだねるのか?
他人にする質問という意味では、その質問自体が愚問です。
「自分は本番までに間に合うのか?」ということを考えるのは必要です。
でも、そんなことを他人に聞かないこと。自分で考えてください。
他人はあなたのことを理解していません。
あなたの人生に、なんの責任もとってくれません。
あなたの一番の理解者はあなた自身なんです。
あなたの人生に責任を取れるのは、あなたしかいないんですよ。
しつこいですがもう一度書きます。
「自分は本番までに間に合うのか?」なんてことは自分で考えて判断してください。
もし、自分で考えても、「本当に自分は間に合うのか?」がわからないなら。あるいは、その判断ができないなら、もうその進路は諦めたほうがいいですよ。
あなたには無理です。主体性がないから。
考えてみてください。
こんな質問を赤の他人にしている人が、全国にいる「どうしてもその試験に受かりたい」と切に願い、あきらめないで必死に頑張っている人たちに勝てると思えますか?
私には思えません。
仮に、今回の受験が、間に合うかどうかの判断が、あなたにとって初めての「自分で考えないといけない大きな決断」だったとしても。
それでも、「今から間に合いますか?」なんて他人に聞いた時点で、アウト。
もうレッドカードですよ。一発退場です。
そんなくだらないことを他人に聞いている時間があるなら、考えてる時間がもったいないからとにかく勉強するほうが数百倍マシです。
受かるかどうか不安になる気持ちはわかります。
でも「間に合いますか?」と質問をして、誰かに答えをもらったところで、その不安は解消されますか?
答えをもらったその瞬間は、確かにちょっと不安は和らぐかもしれない。
でも、きっと翌日にはまた不安になりますよ。
「今からでも試験に間に合いますか」って聞いたって、その質問は、あなたの不安の根本的解決にはならないんです。
安心するのは一瞬だけ。
で、また他の人に同じ質問をするわけです。
無限ループですよ。
言葉を選ばずに言うなら、その質問はあなたの単なる自慰行為でしかありません。
だからこそ、この質問は愚問だと言っているんです。
受かるかどうかの不安を和らげるための唯一の方法は、勉強をすることです。
勉強をすることでしか、受かるかどうかの不安は和らげることはできないんです。
そんなくだらないことを他人に聞いている時間があるなら、とにかく勉強するほうが数百倍マシなんです。
ちなみに。
他人の判断に委ねず、自分できちんと判断できる人はこんな質問はしてきません。
質問するとしたら、
「どうすれば間に合わせることができますか?」
と聞いてきます。
何が何でも合格したいと強く考えている人、覚悟が決まっている人は、こういう質問をします。
「今からでも間に合いますか?」
「どうすれば今からでも間に合わせることができますか?」
違いはわかりますか?
後者は、How to の部分、つまり、「具体的に何をすべきか」を聞いてきます。
さらに言えば、「どうすれば間に合わせることができますか?」という質問をしてくる人の場合は、仮に赤の他人に質問する場合であっても、
- 自分の学力
- 目標とするところ
- 目標との差
- 現在やっている(勉強している)ものとその方法
- 自分に「たりていない」と考えている部分
などを、相談相手に対して具体的にあきらかにした上で、「どうすれば間に合わせることができますか?」と聞いてきます。
こういう方の場合は、主体的に試験と向き合っています。
だからこちらも基本的には意地悪な回答はしませんし、相手の状況をよく考えた上で、具体的なアドバイスをします。
いまからでも間に合いますか?
知るか、と言いたいところですが、結局のところはあなたの覚悟と努力次第です。
間に合うかどうかなんて、あなた以外の誰にもわかりません。
そんなこと聞いてる時間があるなら、1分でも1秒でも長く勉強してください。